元オリンピック選手の北島康介さん・吉田秀彦さん・萩野公介さんが広告塔になっていると報道された、「富士王朝は存在していた」と主張する不二阿祖山太神宮(ふじあそやまだいじんぐう)という宗教団体。
その教祖が渡邉聖主という人物です。一体どんな人物なのでしょうか。
この記事では
- 渡邉聖主って何者?(プロフィール・経歴・家族)
- 渡邉聖主と北島康介の関係は?
について迫っていきます。
渡邉聖主って何者?

二阿祖山太神宮(ふじあそやまだいじんぐう)という宗教団体の教祖である渡邉聖主という人物について、プロフィール・経歴、家族の情報についてまとめていきます。
- 本名:渡邉(わたなべ・まさお)
- 生年月日:1950年1月6日
- 年齢:73歳(2023年6月現在)
- 出身:東京都
- 学歴:法政大学経済学部 卒業
そして、主な経歴がこちらです。
- 農家
- NPO法人 地球と共に生きる会理事長
- みんなのFUJISAN地球フェスタWA実行委員長
- 中央線沿線音楽会2代目会長
この中の「NPO法人 地球と共に生きる会理事長」のホームページに下記の略歴が掲載されていました。
東京都生まれ。法政大学経済学部卒業。日本補完代替医療学会会員。
内閣府認証 特定非営利活動法人「NPO法人地球と共に生きる会」理事長。
「命をかけた食の改善と確保」と「青少年の育成」をモットーに地球農法、ソーシャルファームの全国展開をめざし、16年超にわたって都道府県の42カ所で活動している。新しい公共の一環として雑穀生産農家の支援や耕作放棄地を農地に変えるプロジェクトも行っている。
NPO法人 地球と共に生きる会理事長
農業をベースに人材育成や農業改革のプロジェクトなどを全国で幅広く行なっています。
後で詳しく説明していますが、27歳の頃に東京から富士の裾野に移住して養子になっています。
そこで農家の家に養子に入ったことで農業に関わり始めたのか、大学時代から農業に興味をもち学んでいたのかは分かりません。
今回、北島康介さんはじめ、3人の元オリンピック選手が広告塔となって活動しているという疑惑が出たのが、渡邉聖主が理事長を務める「NPO法人地球と共に生きる会」の人道支援活動で、「不二阿祖山太神宮」の関連団体となっているようです。
しかし、なぜ渡邉聖主がこのような様々な団体のトップを務めるにまで上り詰めていったのか、詳細な情報は得られませんでした。
渡邉聖主の家族
家族についての情報は、唯一下の記事に載っていました。
渡邉政男・大宮司は、東京の生まれですが富士山の裾野に養子に来て、その後40年間、宮下文書の研究をされてきました。そのことから、不二阿祖山太神宮の再建に着手されたのです。
引用:やや日刊カルト新聞
この記事は2017年のものなので、出身の東京からは約40年前の1977年ごろ(27歳のころ)に富士山の裾野に移住してきたことが分かります。
法政大学を卒業して3−4年経った頃でしょうか。
そして、「養子に来て」ということなので、妻がいて妻の家に婿養子となったということですね。
この他にはお子さんについてなど、教団のホームページを確認しましたが、他の家族の情報等、特定の個人の情報は全くありませんでした。
渡邉聖主と北島康介との関係は知名度が目的?

北島康介さんをはじめとする元オリンピック選手たちと、渡邉聖主・教団組織との関係はどう言ったものなのでしょうか。
新興宗教の布教手段として、著名人を使って知名度を得ていくというのはよくあることだそうです。
今回の元オリンピック選手らも、教団側から声をかけられ広告塔として利用されているのではないかという憶測が飛んでいるようです。
北島康介さんは無知だから「富士王朝は実在した」とかいうオカルト教団に騙されたのかしら それともたくさんお金をくれるから広告塔の仕事を引き受けたのかな 前者ならアホだし後者なら邪悪だ
>200万~300万年前に、教団本部の場所に『富士王朝が存在した』と主張 >富士山を中心にしたオカルト なお富士山の形成時期は約10万年前である
「選手は競技中心の生活のなかで社会的な勉強が不足し、近づいてくる団体が、悪意を持って名誉を利用しようとしているかどうかの判断力に乏しい、というのがあるでしょう」 (小林信也)
しかし、この件について、今の所北島康介さんらは特にコメントはしていません。
北島康介さんや吉田秀彦さんはスポーツ団体の責任者も務める立場にある方々なので、宗教の関連団体の広告等を務めているとなると今後追求されていく可能性もあります。
詳細が判明次第追記をしていきます。